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30代の悩めるファッション・ライフスタイル日記

30代のパパが、インポートファッション、インテリア、雑貨などのこだわりのライフスタイルについて綴るブログです。

美の基準!?について、考える

こんにちは!
本日は、「美の基準!?について、考える」と言うテーマでお送りしたいと思います。

それでは、まいりましょう。

■有田焼創業400年
さて、突然ですが本Blogの読者様の中で、陶磁器(焼き物)がお好きな方はいらっしゃいますでしょうか?

日本初の磁器が創業されたのが、今から400年前の1616年。朝鮮から渡来した李参平氏が佐賀県は有田の地において磁器の原料となる陶石の原料を発見し、日本で最初に磁器を焼いたのがその始まりと言われております。

ちなみに磁器とは原材料が主に石のもので、表面がガラスのような光沢感を持つモノ、陶器とは原材料が主に土のもので、光沢感はありません。

また、○○焼と言うのは全国にございますが、今現在は、その焼き物が生産されている場所のことをさしますね。有田焼は有田で生産されているので有田焼と言います。昔は伊万里とも呼ばれており、今現在もそのように表現することがございますが、伊万里とは有田焼を世界に輸出していた港の名前。

つまり、今は伊万里焼と言えば、伊万里地区で生産されているものをさすのですが、昔は有田焼も含めて伊万里と呼んでいたようですよ。ちょっと紛らわしいですが、そんな違いがあったり致します。

私はこれまで陶磁器に興味があったわけでもございませんし、よって詳しいわけでも全くないのですが、今年は有田焼の創業400年と言うことで、有田焼を日本、世界に再発信すべく、様々な事業やイベントが行われております。

私は日本の伝統的な手工業に対して、趣味の範囲で興味があることは以前も述べておりました。そして、この度たまたまご縁を頂くことがございまして、先日六本木のミッドタウンで開催された「アリタノカタチ(※)」と言う、有田焼の昔と今を伝えるイベントのレセプションにご招待頂き、参加してまいりました。
※2016年9月16日から19日まで、東京ミッドタウンにて開催
アリタノカタチ⑤

江戸時代と言うのは、皆さまもご存知の通り、大きな戦争がなく、平和な時代でありました。よって、様々な文化が花開いた時代でもあるわけですが、そんな江戸時代の初期に伝わった磁器である有田焼。

イベントでは、今では数千万円とも言われる価値を持った、1600年代初めに生産された初期の有田焼から400年の歴史をざっと見ることが出来たり、伝統的な技を活かしながら、現代の感性によってつくり上げられた、今の有田焼を見ることが出来たり、また創業400年と言うことで、全国の他の伝統的工芸品産地とのコラボレーションプロジェクトとして生まれた作品が見れたりと、素人であっても十分楽しめるイベントになっておりました。
アリタノカタチ③

ちなみに、中には販売しているアイテムもありまして、価値ある骨董品ですと数百万円と言うものから、現代の技術を使い、工業的に生産されたものは千円~と言う値幅の広い構成になっておりました。

さて、その様なイベントに参加させていただく中で、少し美について考える機会がございました。

■美の基準
陶磁器の場合、一般的には時代が進むに連れて技術が発達していきます。よって、初期のものよりも後期の方が作品としての完成度が高くなることから、後期の陶磁器の方が美しいと言います。つまり、磁器としての完成度の高さを基準に美しいとしているわけです。

確かに、初期のモノは器に歪みが多かったり、表面に気泡があったり、染付や絵ののり方に粗さがあったりするのですが、その一方で初期伊万里には非常に力強く、素朴で健やかな美しさがあるのもまた事実です。
アリタノカタチ②

そして創業から100年も経ちますと、技術力が上がって器の形や表情が安定し、色も鮮やか、かつ複雑な絵柄なども登場し、初期のモノとはまた異なる美しさが顔を出します。
アリタノカタチ④

更に現代のものともなりますと、型枠を使わず、ろくろを回して作り上げたものであってもかなり精緻な曲線を描いておりますし、更に絵付けももは芸術レベル。素人が一見しただけでは、どちらが手仕事で、どちらが大量生産された工業製品であるかも見分けられないレベルになっていたりします。
アリタノカタチ①
※画像の磁器は、ろくろで造ったものではありません。

恐らく磁器としての完成度の高さという基準で美しさを評価するのであれば、現代のモノのレベルが圧倒的に高く、美しいと言うことになるように思います。

しかし、美とは必ずしも完成度の高さに宿るモノではないですよね。

初期伊万里のように、素朴で多少器にゆがみがあったとしても、それを味わいと解釈して不均衡の美を感じる方もいらっしゃいますし、繊細で色鮮やかな絵柄を美の基準として評価される方もいらっしゃいます。

アリタノカタチのレセプションにて行われたトークショーに参加されたパネリストの方が、「それぞれの時代の磁器には、それぞれの良さ、美しさがある。そして、それが有田焼の幅の広さであり、選択肢として揃っていると言うことが、また有田焼の魅力である」と言うような趣旨の事を仰っていたように思うのですが、これには非常に共感致しました。

それぞれの時代における差異を”美の優劣”として見るのではなく、”美の選択肢”として見る。

個人的にはものすごく大切なモノの見方だなぁと感じたのが、そのお言葉でした。つまるところ、結局大切なことは、自分の中における、自分なりの美の基準をしっかりつくり上げることなのだと。

そして、そのようなモノの捉え方、美の感じ方は陶磁器だけではなく、ファッションに対しても同じことが言えそうですよね。

私も自分なりの経験、感性、感覚をもとに素人ながら、自分の趣味のブログと言うことで自分なりの見解を表現しているわけですが、当然ながらそんな私の見解も、数ある美や良いモノの中の選択肢の1つでしかありません。

これからもファッションに限らず、様々な美しいものをみることで自らの中の美を感じる基準を、少しずつですが育てあげていきたいと改めて思ったのでした。








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