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30代の悩めるファッション・ライフスタイル日記

30代のパパが、インポートファッション、インテリア、雑貨などのこだわりのライフスタイルについて綴るブログです。

不完全であることを受け入れる!?

こんにちは!
本日は「不完全であることを受け入れる!?」と言うテーマでコラム的にお送りしたいと思います。

それでは、まいりましょう。

■スミズーラとは不完全さを楽しむものである!?
さて、先日イタリアはナポリのサルトリアである、サルトリア・ソリートにてスミズーラ(ビスポーク)頂いたダブルブレステッドのスーツを無事に納品頂いたことは、既に記事としてお送りしていたかと思います。
サルトリアソリートのダブルブレステッドスーツ①

この中で、着心地には大満足をするもビジュアル的にはもう少しこうしてみたい!と言う欲求が生まれた、つまるところ自分の中では100点満点では無かった旨の感想(※)を記述しておりました。
サルトリアソリートのダブルブレステッドスーツ②
※当該記事:「SARTORIA SOLITO(サルトリア ソリート)のダブルブレステッドスーツを着てみたっ!

今回のスミズーラにおいて自分自身として100点満点を取ることが出来なかった要因はいくつかあるのだと思いますが、その主な要素を挙げるのであれば、

① スミズーラは自らの体型が如実に現れる
② コミュニケーションの問題
  ※自らの好みを自分自身がしっかりと把握し、それを正確にフィッターに伝え、理解を得る
③ 人の手による手作業は、常に不完全さを有する
 
と言う3点に集約されるようにも思います。

ただ、それでもスミズーラの経験が豊富な方々の話を色々伺ってみるに、例えハード面である上記①やソフト面である②がクリア出来たとしても、最後は人が手作業で行うことですから、常にスキの無い、完全、完璧、パーフェクトな状態を維持し続けると言うことは難しい。そもそもスミズーラとはそう言ったもの(完全・完璧なモノ)ではないのかもしれないと感じております。

つまり、スミズーラとはある種の”不完全さを内包することを前提”として、それを含めて楽しむ余裕も必要だと言うことでしょうか。

■日光東照宮の陽明門にある逆柱
突然ですが、皆さまは「逆柱(さかばしら)」をご存じでしょうか!?

逆柱とは、『木材を建物の柱にする際、木が本来生えていた方向と上下逆にして柱を立てること』を言うそうです。実はこの逆柱が”採用”されているのが、皆さんご存じの日光東照宮の陽明門です。

google先生に聞いて頂ければすぐに画像を含めて検索可能ですので、ご興味がある方は調べて頂きたいのですが、陽明門には使われている柱の中に1本だけ、他の柱と彫刻の模様が逆向きになってものがあります。つまり1本だけ逆柱になっていると。

もちろん建てる際に職人さんが間違えてしまったわけではなく、”あえて”この仕様にしていると言います。

実は、当時は『建物は完成と同時に崩壊が始まる』と言う伝承があり、それであれば『建物を未完の状態』にしておけば崩壊する(災いが起きる)ことはない、つまりは1本だけ逆柱にすることで建物をあえて未完の状態に見立てて、”永遠に存続する”と言うことを願掛けしたそうですょ。
※上記『』内は、wikipediaより引用

日本人はどうやら昔から不完全であることを受け入れて、不完全さとともに生活をしていく懐の深さを元来有したいたのかもしれませんね。

■不完全であることを受け入れる!?
それでは改めて、スーツやジャケットのスミズーラのお話に戻したいと思います。(笑)

私が今回納品を頂いたソリートのスーツについて、「この点を○○したいと考えている」と言うことをSharonマネージャのD氏にお話ししたところ、こんなご回答がありました。

「個人的には今のスタイルはとてもカッコ良いと感じていますが、rm55さんがそうお感じになるのであれば修正等を施すことは可能だと思います。ただ、もしかしたら5年、10年たった後に見たら、今のこのままのスタイルがカッコ良いとrm55さんご自身が感じられることもあるかもしれませんね。」

と、確かそんな趣旨のお話でした。

これを聞いた時に感じたことは、不完全さを内包しているのはサルトリアの職人でも、仕立てあがったスーツやジャケットでもなく、実は発注主である自分自身なのかもしれないなと。

「諸行無常」と言う言葉がありますよね。この世の中の物事は常に変化をし続けており、決して永遠に同じものなどは存在しない、と言う趣旨の仏教用語で、転じて「形あるものはいずれ壊れる」なんて言う言葉にもなっていたりします。

確かに自分自身、この数年間で色々な人、物と出会い、自分の感性も大きく変化してきたように感じます。私個人としましては、これまでは特段意識をすることのなかった”好み”または”独自の”スタイルを確立しつつあると言う想いはあるものの、それも数年先から振り返ってみれば通過点の1つにすぎず、私が今時点で有している感性、感覚もこの先きっと変化していくのだろうと思います。

そんなことを考えますと、私自身が常にゆらぎ、変化しているのでありますから、唯一絶対的に定まった理想と言うのは存在するべくもなく、「こうしたい!」「こうありたい!」と言う理想も、きっと少しずつ変化していくのだろうと。

大きなお金を投資しますと、どうしても完璧なもの、完全なるものを求めてしまいがちですし、それは現時点における私の人間性の小ささゆえ、やむを得ないものと理解しています。それでも、自分自身が不完全であることを受け入れて、常に変化していくことを考えれば、あまり小さなことに目くじらを立てず、どんと構えて、

この70億人が存在する地球上で出会うことの出来た職人さんとの貴重な時間や感性の共有を楽しむ!と言う”大人の余裕”がスミズーラを楽しむ上ではとても大切になってくるのかもしれないなと、そんなことを感じたのでした。

いやぁ、しかしスーツやジャケットをスミズーラすると言うことは、目の前の職人さんや生地などを通して、自分自身と向き合っている行為そのものなのかもしれませんね。






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