<?php include_once("analyticstracking.php") ?>

30代の悩めるファッション・ライフスタイル日記

30代のパパが、インポートファッション、インテリア、雑貨などのこだわりのライフスタイルについて綴るブログです。

クラシコ・イタリアとは!?

こんにちは!
本日は、「クラシコ・イタリアとは!?」と言うテーマでコラム的にお送り致します。なお、「Sciamat Style!(後編)」は次回お届け致しますので、ご興味のある方は是非次回もご愛読くださいませ。

それでは早速まいりましょう。

■クラシコ・イタリアと言う言葉を正確に理解してますか!?
さて、皆さんは「クラシコ・イタリア」と言うと、どんなイメージをお持ちになられるでしょうか!?

・クラシックなイタリアのメンズファッション
・イタリアの最高峰の技術を持ったブランドが生み出すスタイルの総称
などなど

ファッション誌を通して語られることも多い「クラシコ・イタリア」と言うキーワードには、皆さんそれぞれのご経験を踏まえて、イメージを持っていらっしゃるかと思います。

私も以前「クラシコ・イタリアとはなんぞや」と言うことでWikipediaで調べた内容を掲載しておりましたが、再掲致しますと・・・

『イタリア・フィレンツェに本拠地を置く伝統的既製服縫製業界組合のことをさします。この組合は、イタリアの伝統的な縫製技術を持つ衣料メーカーなどで構成されており、ルイジボレッリやイザイア、キートン、ヘルノと言った一流の技術を持ったブランドが属しています。もとは、彼らの作り出す商品傾向を表現する言葉としてクラシコイタリア』と言っていましたよと。

なんとなく分かったような、分からないような気が致しますが、実は、私rm55の中でも明確なイメージと言うものは出来ておりませんでした。。とりあえず、イタリア最高峰の服(モノ)作りをしている集団の提案するスタイル、位の理解だったと言うのが正直なところです。

そのような中で、先日「掛軸(かけじく)と装い」と言うタイトルの記事の中においてご紹介した、落合正勝氏の書籍である「クラシコ・イタリア礼讃」の中に、クラシコ・イタリアに関する記述がございました。それこそ落合氏は、「クラシコ・イタリア」と言う言葉を日本に紹介したご本人でありますから、氏の言葉を借りるのがその言葉を正確に理解する上で最も適切であることは、言うまでもありませんね。

■クラシコ・イタリアのルーツと本質
上述した落合氏の書籍には、クラシコ・イタリアにおけるルーツが記述されておりました。

まず、イタリア語において「クラシコ」とは、第一義的には「(芸術などが)最高水準の」、次に「模範的な」「高雅な」と言った意味を持っていると言います。

もともとクラシコ・イタリアは、以前も少しご紹介しました通り、正確には1986年に結成された「クラシコ・イタリア”協会”」のことをさします。これにイタリアにおける「クラシコ」の第一義的な意味を踏まえて解釈するのであれば、「クラシコ・イタリア協会」とは、

「イタリアの最高水準のモノづくりをする集団」

と言うことになりますね。

更に、協会の結成された時代的背景を紐解いてみますと、もともとイタリアには100%ハンドメイドでモノづくりをする職人が多数存在していたと言います。しかし、特定の王族や貴族に向けて服作り、モノづくりをしていた時代であれば問題はなかったのですが、戦後、イタリアのハンドワーク技術に目をつけたヨーロッパ各地から注文が相次ぐようになりますと、状況が一変します。

つまり、ここで”需要と供給のバランスが崩れる”わけですね。

大量の需要に応えようとすると、供給、つまり生産のスピードを上げる必要が出てくるわけですが、ハンドワークのみでは当然ままならない。そこでマシン(ミシン)を導入するなどして、大量生産に耐えうる方向に向かおうとする流れが生まれるわけです。このような流れが生まれるのは、ビジネスをしていらっしゃる方であればより、自然なこととしてご理解頂けることと思います。

しかし、それまで引き継がれてきた伝統的な技術を有する職人のハンドワークを捨て、大量の需要に応えようとする動きを危惧した一部のメーカーが、

①ハイ・クオリティの製品づくりを維持し、
②モノづくりに必要な技術の継承を行い、
③受け継がれてきたイタリアのクラシック・エレガンスを後世に残す、

ことを目的として協会を結成します。つまり、これが「クラシコ・イタリア協会」なわけですね。

そして、上述した①②③のようなことを達成するべく生み出されたのが、職人のハンドワークを極力維持しながら、工業的生産レベルのモノづくりを実現する、つまり大量生産可能な体制を整えることでした。

ここで、もともと1人の職人が全てを担当していた業務を分割し、分業制を導入します。例えば、釦ホールをかがる職人、袖付けをする職人、バルカポケットを縫い上げる職人と言った感じでしょうか。そして、全体のバランスや着心地に影響を及ぼさない箇所に、大量生産のためのマシン(ミシン)を導入することで、生産効率を高めていったと。

こうすることで、素材には一流のものを使い、昔ながらの職人のハンドワークを残しながらも、大量生産を可能にしたブランドこそ、ブリオーニであり、キトンであり、アットリーニなどであったわけです。

落合氏は「クラシコ・イタリア」のことを、「クラシック・エレガンスと言う思想」と表現しております。上述したような時代背景のもとで「クラシコ・イタリア協会」が生まれ、彼らが目指そうとしたことを理解致しますと、落合氏が「思想」と表現したことも、よく理解出来る気が致します。

■イタリアの最高峰は、アルティジャーノ
このように見て参りますと、私が理解していた「クラシコ・イタリア」である『イタリア最高峰の服作りをしている集団の提案するスタイル』と言うのもあながち間違いではなかった、と言うように考えたのですが、実はちょっとした誤解がありました。

落合氏は同じ著書の中で、イタリアのファッション関連産業のリーダーたちにインタビューをし、それを踏まえた上での独断的な意見としてと言う断りをした上で、

イタリアのファッション業界をピラミッドに見立てた場合、その頂点に位置するのは「クラシコ・イタリア」ではなく、「アルティジャーノ」であると。

「アルティジャーノ」とは、イタリア語で「職人」や「工芸家」的な意味合いを持つと言いますが、やっぱりあくまで頂点に位置するのは職人だと言うのです。

そして、それに次いで「クラシコ・イタリア」の吊るし(既製服)のブランドであるブリオーニやキトン、アットリーニなどが位置づけされるわけです。

決して、「クラシコ・イタリア」が最高峰ではない、とか、そういう順位付けのことを申し上げたいのでは無く、「クラシック・エレガンスの原点は、あくまで人(職人)がハンドワークで生み出すもの」と考えている、イタリアの服作りにおける思想と言いますか、価値観、捉え方に大きく共感した次第です。

服だけではありませんが、”人の手によって生み出されたものに本質的なエレガンスが宿る”、と言うのはなんだか感覚的には理解できる気が致しました。

ちなみに、素人の服好きがなんだか偉そうですが、「クラシコ・イタリア」の行った功績と言うのは非常に大きいと個人的には考えております。

どんなに技術力があり、素晴らしい服作りをしていても、売れなければ職人、技術とともに消えてなくなってしまうわけです。悲しいですが、これがビジネスの側面も持つファッションの現実です。

分業化し、職人のハンドワークを残しながらもマシンを導入することで大量生産を行い、世界にイタリアのクラシック・エレガンスの魅力を掲げてマーケットの拡大を行った「クラシコ・イタリア」の存在があったからこそ、世界最高峰の技術を有すると言うイタリアのアルティジャーノにス・ミズーラ(ビスポーク)をしたいと考える服好きが、今日もイタリアを訪れているのではないでしょうか。

いつかはイタリアはナポリでス・ミズーラ。今の私の夢ですね。(笑)

かなりの長文となりましたが、最後までお読み頂き、ありがとうございました。ちなみに本記事は、私rm55が落合氏の「クラシコ・イタリア礼讃」を読み、一部抜粋等しながらも、独自の解釈に基づき、編集、執筆した記事です。落合氏の正確な表現とは一部異なる場合がありますので、その点ご理解、ご了承のほど宜しくお願い致します。








Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://rmlifestyle.blog.fc2.com/tb.php/915-096d37d8